しばらくしてから、父親の机を整理した。
整理する中で、見たことない、
ボロボロの時計が出てきた。
母親に聞くと、
「そういえば昔つけていたものだね、
まだ持っていたのか」
という。
見た目にサビもあり、動かない。
ブランドはSEIKO。
高価ではないし
捨ててもよさそうなものだが、
なぜだか机にずっとしまわれていた。
この時計、全く動かなかったが、
持ってみた感じ、
どうやら自動巻の機械式のようだった。
機械式なら、
もしかしたら
また動くかもしれないな。
そう思って、
御徒町のクワナ時計サービスに持ち込んだ。
クワナ時計サービスは、
機械式時計に興味を持ち始めた僕が
2ちゃんねるの高級時計板での評判をもとに
一度修理をお願いしたことがあるお店だった。
マンションの一室を工房にして
ベテラン職人達が黙々と作業している。
そんな玄人好みの雰囲気が
まだ30歳そこそこの僕には
いかにもホンモノという感じがして好きだった。
しかし、そのホンモノは「感じ」ではなくて
本当の本物だった。
代表である桑名才次は、業界団体の会長など歴任、多くの後進を育てた時計修理業界の権威と言える人で、
クワナ時計サービスは、他の修理業者がやりきれないものをここに持ち込むような、すごいお店だった。
そんなにすごいお店だと知ったのは、後の話。
当時は技術が確かで良心的なお店だなとしか思っていなかった。
そんなお店に
普及品であるSEIKO5アクタスを持ち込むとは、
今考えるとずいぶんと贅沢な話である。
でも、桑名才次という人は、ちょっと違った。
私が預ける時に、経緯を少し話すと、
興味深さそうに5アクタスを見て、一言
「じゃあ、やってみよう」
と引き受けてくれた。
しばらくして再び御徒町のマンションの一室にある工房に受け取りに行った。
会計してすぐ終わりかと思ったら
桑名さんから話しかけてた。
「亡くなったお父さん、何歳だった?」
てっきり若くして亡くなって大変だとか、そういう話をされるのかと思ったら、
さすがは時計修理職人、桑名才次である。
60歳だと伝えると
「やっぱりそうか。
この時計を空けると、
中の部品で製造年が分かる場合がある。
年によって使われる部品が違うからね。
これは、君のお父さんが大卒なら、社会人になった年に作られたものだよ。
初任給で買ったかのかもしれないな」
笑顔で語ってくれた。
料金は確か15000円だったと思う。すごい安い買い物だ。
それ以来、私はその5アクタスを修理しながら
今も使い続けている。
クワナ時計サービスはその後なくなり、同じ場所で営業していたフジ時計サービスも、今では閉業したようだ。
桑名才次さんが時計修理の世界では名の知れた人だったと知ったのも、ずっと後のことである。
でも僕にとって桑名才次という時計師は、そんな肩書よりも、父の古い時計を開けて、
「初任給で買ったのかもしれないな」
と笑った人として記憶に残っている。
SEIKO 5 ACTUSは、今も現役です。